注目の企業に学ぶ(経営者インタビュー):九州鉄道機器製造株式会社 | 注目の企業に学ぶ(経営者インタビュー) | 大同生命
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注目の企業に学ぶ(経営者インタビュー):
九州鉄道機器製造株式会社

2019.11

社員が“ものづくりの喜び”を実感し、共有する仕掛けづくり。それが私の役割です。

九州鉄道機器製造株式会社

鉄道の進路を変える分岐器、レールを連結する継目板、トンネルの支保工、道路照明灯など、社会インフラを支える“骨格”を製造・販売・保守管理する九州鉄道機器製造株式会社。
創業から百年近い歳月を“人命に関わる技術”の向上に努めてきた同社で、五代目の重責を担う大野浩司社長が掲げた理念は「人を大切にする経営」。その言葉の背景にあるものを伺いました。

1.慢心の怖さを“大赤字”が気づかせてくれました。

当社は、鉄道の分岐器(車両を他線へ転線させる機構)やトンネルの支保工(掘削時に岩盤を支える構造物)を製造・販売するとともに、列車の運行がない夜間にレール溶接などの補修工事を行なっています。どれも人命に関わる仕事ですから、当然、わずかな品質不良も許されません。“完璧”であることが求められ、それができて当たり前とされる世界です。

例えば分岐器を構成する18メートルのレールでも、寸法公差(許容される誤差)は0・5ミリ以下。ナノレベルのものづくりをされている方からすれば「全然、たいしたことない」と思われるかもしれませんが、長尺物の切削、曲げ、矯正といった加工を繰り返した上で、この精度を出すことは決して容易ではありません。一つ一つの工程で、技術力とともに、ものづくりに対する技術者の姿勢が問われるのです。

現在、国内で分岐器を製造するメーカーは7社あり、当社はその中で一番小さな会社ですが、失敗の許されない業界で百年近い歴史を積み上げることができました。その過程で得られたお客さまとの信頼関係こそが当社の土壌なのだと思います。昭和30年代に開始したトンネル支保工の製造も、その土壌から芽生えたものの一つ。現在はH型鋼ですが、かつての支保工はレールを再利用していたことから、「九州鉄道機器製造さんの技術があれば」とお声掛けいただいた仕事なのです。

社会インフラに携わる事業分野で、独自の技術を有し、競合他社が限られている…。このようにお話しすると、非常に安定した経営環境にあると感じられるでしょうか。しかし、今の私には危機感しかありません。人口減少が進んでいく中で、果たして鉄道は社会に欠かせないインフラとして存在し続けられるか。実際、過疎化によって地方の路線が廃線になったりしています。では、すでに飽和状態にある業界でさらに市場が縮小していったときに、当社が選ばれるためにはどうすればよいのか。分岐器はその公共性から、自社の考えだけの独自規格で“新製品”をつくることはできません。年単位におよぶ試験や分析を経て安全性が担保される必要がありますし、緊急時に一社の製品しか使えないようでは、鉄道の事業継続を保てませんから当然です。では、独創性や技術の特異性で他社との差別化を図りづらいのであれば、どこに自社の強みを見いだすべきか。まだ私には、はっきりと「これが答えだ」と言えるものがありません。

正直に言いますと、私は入社して以降、どこかで「この仕事は未来永劫続いていく」かのような錯覚に陥っていました。今思い起こすと「いいものをつくりさえすれば問題ない」と慢心していたのだと思います。社内全体にも、その空気は蔓延していました。それが一変した、と言うより「一変させなければいけない」と痛感したのが8年前。億近い赤字を初めて出したことがきっかけでした。赤字になった直接の原因は、身の丈を超えた過剰な受注による製造コストの増大と、材料となる鉄の高騰です。急激な価格上昇に対して早め早めに材料を仕入れていたのですが、上がり幅にとても追いつかず、製品価格にも転嫁できずという状況で、私には打つ手がなく、またいくら頑張っても改善しない状況に社員も疲弊していました。当時、社長に就任して約6年経っていましたから、どう考えても私の経営判断の誤りで私の責任なのですが、赤字を出した現実を受け入れられず、私は悩み続けました。何かに責任転嫁しようとする自分と、突きつけられた現実との間で、もがいていたのです。結果、社員に対して「不安な思いをさせて申し訳なかった」と自分の至らなさを認めるまでに半年間もの時間を要しました。その半年は、ただただ苦痛でした。しかし、その時間がなければ、当社の今もなかったと断言できます。

2.信頼されるだけでなく、“好かれる会社”を目指して。

自分一人の力では何もできないのだと認めることができた私は、現場を守ってくれる社員に対する考え方も、接し方も変わりました。例えば、それまで外部のインストラクターに依頼して教育や研修をしていましたが、他人任せではなく自分の言葉で伝えるようにしました。結局、自分が言いづらいことを先生の口から言ってもらっていただけだと気付いたのです。そして、伝える言葉を間違えないために、まず私自身の考えを改めました。どんなに偉そうなことを話しても、伝わらない言葉に意味はないからです。また、自分の考え方を押し付け追い詰めるような働かせ方をしていたことも猛省しました。疲れ果て、荒んだ心では、命を預かるものづくりをすることはできない、と考え直したのです。

具体的な方策として取り入れたのは、整理・整頓・清掃の「3S活動」です。それは、技術者として一流であるかどうかという以前に、人としてきちんとしようということ。第一段階として工場内の雑巾掛けからはじめました。社員の目は節穴ではありませんから、私に“覚悟”がなければすぐに見透かされてしまいます。私も毎朝、社員と一緒に床を掃除しました。私の“覚悟”を見極めるまで、彼らは「どこまで本気か」「いつまで続くことやら」と半信半疑だったと思います。しかし、土だと思っていた工場の床からコンクリートが現れ、5人のチームの作業場から30本以上のペンチが見つかり…。見た目だけでなく、様々な無駄が解消されて業務効率も上がっていくと、一人また一人と、より積極的に3Sに取り組んでくれるようになりました。

先ほど私は、自社の強みに明確な答えがないと言いました。しかし一つだけ自信を持って言える答えは、最後は“人対人”だということです。お客さまから信頼していただけるだけでなく、お客さまから好かれる社員の存在。それが一番の強みになってくれるはずだと確信しています。

この数年、地域の子どもたちに“ものづくりの喜び”を伝える活動を仲間としているのですが、そこでの実演がきっかけとなって、レールを切断して再利用したブックエンドを商品化することができました。もちろん、それが当社の主力商品になるとは思っていませんし、儲けようという気もありません。ただ、ものづくりを通して誰かを笑顔にできることをみんなに再認識してほしいのです。私は大学卒業後、証券会社で働いてからこの仕事に就きました。その当時から、常に感じているのは“ものづくりの喜び”です。世の中から必要とされるものを自分の手でつくり、目に見える形となって人の役に立つことへの喜びです。もちろん職業に貴賎はありませんし、どんな仕事にもやりがいがあります。しかし「人の役に立つものをつくれる仕事だ」という感動は、何ものにも代え難いのです。その喜びを全員が共有できる会社でありたい…、そうしていくのだと決意しています。

16mm厚に切断した分岐器専用レールと5mm厚に切断した60kレールを接合。
「Made in Japan」と刻印(切削加工)し、底部にゴムを貼り付けられた重厚感あふれるブックエンド。
パッケージ(専用箱)のデザインにもこだわった商品は、東京・代官山蔦屋書店で販売されている。

photo:Seitaro Ikeda

企業DATA 九州鉄道機器製造株式会社

本社・工場 福岡県北九州市門司区下二十町2番30号
代表取締役社長 大野浩司
創業 1921年(大正10年)
事業内容 鉄道用分岐器及び軌道用品、鉄道車両部品、トンネル用支保工等の製造・販売、レール溶接工事、道路照明灯の販売等
Webサイト http://www.kyutetsu.com
代表取締役社長 大野浩司 Hiroshi Ono

1967年、福岡県生まれ。'90年、広島大学経済学部を卒業後、大手証券会社へ入社。バブル経済崩壊前後の混迷期に、証券営業の最前線で仕事の厳しさを学ぶ。'93年、五代目として先代から事業を受け継ぐために帰郷し、九州鉄道機器製造株式会社へ入社。トンネル支保工製造の一作業員として現場に立つと同時に、CAD教室に通い、製図のノウハウを習得。徐々に図面や書類の作成、営業など、業務全般を担うようになる。'02年に代表取締役副社長、'05年に代表取締役社長に就任。また業界関連団体の要職を歴任するほか、有志とともに「北九州ものづくり光継会」を運営するなどし、地域はもとより日本全国のものづくり企業を活性化するための取り組みに尽力している。

[出典]頑張る経営者の応援サイト