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注目の企業に学ぶ(経営者インタビュー):
城田鋳工株式会社

2019.12

当たり前のことを特別熱心に、しかも徹底的に行なう。

城田鋳工(しろたちゅうこう)株式会社

城田鋳工株式会社は国内有数の鋳物の街・三重県桑名市を拠点とし、世界にも誇る鋳造造形技術を武器に、高精度かつ高品質な製品を驚くべき短納期対応で生み出す鋳造メーカー。
「いい鋳物とは何か」を探究・追求し、個人のスキルに頼らない生産システムを実現した一方で、城田大資社長は「どれほど自動化が進んでも一番大切なのは人づくり」だといいます。

1.熟練工の技量や経験値を組織としての技術力に。

私どもは受注量を増やすことよりも、品質を高めることに主眼を置き、技術革新を続けている鋳造メーカーです。高品質を保ちながら、同時に超がつく短納期を実現するための研究を重ねてきた会社でもあります。そのため、主力製品は電機部品や各種工作機械部品ですが、試作品や開発段階から参加させていただく仕事が多く、そこから量産まで一貫して取り組める体制を強みとしています。

そのような経営方針は創業時から脈々と受け継がれてきたもので、明文化こそされていませんでしたが「いい鋳物をつくろう」という合言葉が、日常的に社員の間で交わされてきました。特に先代である現会長の時代からは、当時、国内初とされる最新設備を導入するなどして、個人の経験や技量を組織としての技術力に転換してきており、それがクライアント企業さまからの信頼の礎になっています。

例えば、当社は「砂型手込め鋳造」という人の手で行なう製法を基本としているのですが、八割方の工程を机上でつくり込めるシミュレーション・システムを構築しました。それは、図面上から「どのような木型をつくり、どのように材料を溶解すれば、どのような品質で完成するか」といった三次元データを算出し、3Dプリンタでアウトプットすることもできます。従来であれば、現場で職人たちが図面を手に意見を交わし、木型をつくって実際に完成させるまで「どう出来上がるか」は、ある意味“熟練の勘”でした。そのような経験値に頼っていた工程を可視化したのです。

城田社長の背後に写るのは重量約1000kgの特殊モーターフレーム。

ベースとなるのは市販の解析ソフトですが、私どもは実際の鋳造現場で“城田のノウハウ”を一年間ひたすら集積し、独自のソフトウエアを開発しました。その結果、加工前の段階で「引け巣(溶解金属の体積変化から生じる空洞で、外観では判別できない欠陥)」が生じる可能性も非常に高確率で予測できるようになりました。つまり現場の技能者の手に掛からなくとも、欠陥防止策が図れるのです。

もちろん、当社の八割方の技術をソフトに組み込めたとはいえ、シミュレーション通りに再現するには、個人の技術力が必要であることに変わりありません。しかし、各自が感覚的に習得していた八割の技術をシステムに置き換えられたメリットは絶大で、品質を安定させるとともに試作に要する時間のロスを省き、納期短縮にもつながりました。さらに言えば技術継承の問題も八割方は解消されたことになり、お客さまから「熟練の職人がいなくなったらどうなる」と心配されることもなくなったのです。

2.社員の成長なくして、企業価値は高められない。

量より質を重視した経営方針を象徴するもう一つの例として、鋳物素材の安定化と、安定した材料を用いた完全計量システムが挙げられます。鋳造業界では一般的に、銑鉄(成分調整された粗鋼)と様々な廃金属のスクラップとを混ぜて溶解します。しかし当社では、銑鉄に合わせるのは特定の鉄パイプ製品に限定しています。そのベース素材がきれいなので多様な材質に転換でき、成分が明確な二つの材料を1キログラム単位で計量して鋳造すれば求めている材質にピタッと合致させられるからです。しかも、含有成分が常に一定ですから、現時点で受注した製品も一年後に受注した製品も同じ品質で納めることができるのです。

このシステムは、当社が月産の平均が約150トンという中小規模のメーカーだからこそ可能なのですが(生産量が増えると、それに見合う量の鉄パイプを調達できない)、それ以上に様々な方とのご縁があってはじめて実現できたものです。完全計量システムによる鋳造を指導していただいた同業の先輩とのご縁。その方の紹介で出会えた、品質の要となるパイプを継続的に卸してくださる企業経営者の方とのご縁…。振り返ると、完全計量システム以外にも、レアアース(希土類)の添加量を半減化する工法や寒冷地での使用に耐える部材の開発など、当社の技術革新は自社だけ、自分たちだけでは成し得なかったことばかりです。

私は、いざ経営を受け継ぐとなったとき、自分の中に核となり軸となるものがないことに戸惑い、悩みました。先代はトップダウンで歴戦の職人たちをまとめあげていましたが、それはブレない信念を内に秘めていたからできたのだと思います。けれど私に先代と同じスタイルは無理です。“信念のないトップダウン”では、社員を苦しめるだけだからです。私は「経営者としての器を大きくしたい」という一心で、ゼロから学び直すことを決意しました。

不思議なもので「自分は学ぶ立場だ」と自覚すると、書物や先生と称される人物だけでなく、旧知の仲間や諸先輩方の言葉の中からも、多くの“気づき”を見いだせるようになりました。そして多くの方々から得られた気づきによって、「一人ではできないことを成し遂げるために、会社も組織もあるのだ」という答えに辿り着くことができました。その後も「トップダウンではなく、皆が一丸となれる会社をつくろう」「それにはどうすればよいか」「まず共有する理念を明文化しよう」「そもそも自分にどんな理念があるのか」と、学ぶべきことは次から次に浮かび上がります。

私が胸を張って誇れるものは、愚直といえるほど、誰に対しても誠実であろうとする気持ち。それしかありません。才能と呼ばれるものは、いくら学んでも得られないかもしれない。しかし技術であれば、学べば学ぶほど自分のものにできる。当たり前のことを特別熱心に、しかも徹底的に行なう「凡事徹底」の姿勢で一緒に仕事に取り組んでくれる同志が、互いを高め合える組織にしよう。それこそが、私の目指すべき企業の在り方だ。そのような想いを自分なりの言葉にして理念に掲げました。奇しくもそれは、先代も繰り返し言い続けてきた「いい鋳物をつくろう」という合言葉を具体化する道筋にもなりました。

当社は、原子力発電の冷却ポンプに用いられる特殊モーターフレームや、近年では鉄道車両用部品やロボット用部品など、高度な水準で品質が求められる鋳造に数多く携わっています。それを可能にしているのは、徹底して“当たり前のこと”をやり続けてくれる社員の力。それは、視察された方が「よくそこまでできるね」と驚かれるほどの力です。その力をもっと伸ばしてあげたい。そのためには私自身が、凡事徹底して、学び続けなければいけないのだと思います。




photo:Keiji Hanaki

企業DATA 城田鋳工株式会社

本社 三重県桑名市芳ヶ崎1513番地
会長 城田芳樹
代表取締役社長 城田大資
創業 1947年(昭和22年)
設立 1963年(昭和38年)
事業内容 電機用部品、減速機部品、省力機器用部品、工作機械用部品、ロボット用部品、風力発電用部品、建設機械用部品、エレベータ用部品、鉄道車両用部品、鉱山機械用部品等の鋳造
Webサイト http://www.shirota-chuko.co.jp
取締役会長 城田芳樹 Yoshiki Shirota

1948年、三重県生まれ。東京理科大学工学部建築学科を卒業後、松下電工株式会社(現・パナソニック株式会社)に入社し、住設建材事業部に勤務。'74年に帰郷し、城田鋳工株式会社へ。入社当時は第一次オイルショックの真っ只中であったため、大阪を中心に飛び込みで営業に奔走。また「仕事がない時期であることを利用」し、新しい生産システムの研究に没頭。職人の技量や勘に頼った態勢からの脱却を図る。同時に、受注していない「低コストだが、つくりにくいもの」を大量生産し、工場内に在庫。景気が上向きになると、その在庫した製品に注文が殺到。その後の設備増強など、新規取り組みの原動力となった。'83年に代表取締役社長、2015年に代表取締役会長就任。'18年末に取締役を退任し、現在は会長として後方に回ってサポートしている。

代表取締役社長 城田大資 Daisuke Shirota

1977年、三重県生まれ。1級鋳造技能士、鋳造技師。東海大学海洋学部海洋資源学科(現・海洋地球科学科)を卒業後、非上場ながら国内トップクラスの実績を誇るアルミ加工メーカーに入社。営業経験を積みながら「中小企業、同族企業の経営の在り方」を学ぶ。入社当初に設定した3年後の2003年に退社し、城田鋳工株式会社に入社。海外に生産拠点を置くための先陣として中国に移住。結果的に「コストカットより品質重視」に舵を切り、約2年後に帰国。本社工場の鋳造現場で働きながら全国各地の同業・関連事業の経営者との交流を深め、独自のネットワークを築く。また研究開発にも注力し、その中には「一般財団法人素形材センター会長賞」を受賞した技術も含まれる。'15年より現職。'17-18年の2年間は鋳造技師会(東海地区)の会長も務めた。

[出典]頑張る経営者の応援サイト