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注目の企業に学ぶ(経営者インタビュー):
有限会社プロローグ

2020.10

石窯の温度を超える“情熱”がなければ、本当に美味しいパンは焼けません。

有限会社プロローグ

富士山の溶岩石で作られた窯で、毎日丁寧に焼かれたパンが250〜300種類並ぶベーカリー。それが「パンステージ プロローグ」です。郊外店にもかかわらず、連日客足が途切れることはなく、多い日には本店だけで5千個ものパンが購入されています。ほかに“パン職人が作るイタリアン”を追求したカフェレストランなど、5店舗を経営する山本敬三シェフにお話を伺いました。

1.より良い素材や製法を追求するのは、“こだわり”ではなく“当たり前”。

現在、当社では焼き立てのパンを提供するベーカリー(パンや焼き菓子など、穀粉ベースの食物を調理・販売する施設)をはじめ、ピッツァなどのイタリア料理やお酒も楽しんでいただけるレストランなど、5つの店舗を運営しています。1店舗を除き、どれも駅から離れた郊外にあるお店です。

一般的な飲食業の常識では「立地が良いこと」が優先事項に挙げられますが、私はあえて“不便な場所”を選んで出店してきました。その理由は、お客さまから「わざわざ買いに来たくなる」と思っていただける店にしたかったからです。

約20年前、現在の本店であり1号店でもある「パンステージ プロローグ」を開いたとき、まわりには何もありませんでした。今でこそ住宅地として発展していますが、当時は畑に囲まれた場所で、人通りもまばら。そのような立地に、パンを買うためだけに“わざわざ”お越しいただくためには、並のパンでも、並のパン屋でもいけません。お客さまにとって、特別な存在になるだけのものが必要になります。そこで私が目指したのは、お年寄りからお子さままで、どなたでもほしいパンを見つけることができる“パンの百貨店”です。バゲットやデニッシュなど、本格的な“本物の味”を求めて来られるお客さまにも、普段の食卓に並ぶ食パンの美味しさを求められるお客さまにも、ランチや間食の惣菜パン、おやつの菓子パンを楽しみにされるお客さまにも、全てのお客さまに喜んでいただけるパン屋です。

百貨店ですから品揃えが重要です。連日20時間、120から150種類のパンをひたすら焼き続けました。ほしいパンが売り切れのときは声をかけていただき、食パン1枚からでも販売します。決まった工程を変えてでも、可能な限りお客さまのほしいものを提供してきました。

有り難いことに評判が口コミで広がり、客足が伸びると同時に「こんなパンが食べたい」といったご要望も増えてきます。それら一つひとつに応えてきた結果、今では常時250種類、季節によっては300種類のパンを作っているのですが、それだけの種類のパンを安心・安全な素材だけで作るのは簡単ではありません。パンによって粉の種類やブレンドの比率を変え、油脂もバター、マーガリン、ショートニング、ラード、サラダ油、オリーブオイルを使い分けます。生地だけで25種類。毎日ゼロから作ります。

ほかにも自家製の天然酵母をどう発酵させるかなど、やるべきこと、考えることは山ほどあります。製造面だけでなく、「朝食に焼きたてのパンを食べたい」というお客さまのために開店時間を朝6時に早めるなど、営業面でもお客さま本位でありたいと工夫してきました。

品数を減らせば手間も減ります。パン作りは手を抜こうとすれば、いくらでも手を抜けます。しかしそれは、私が目指すパン職人の姿ではありません。素材や製法、品揃えや販売方法など、パン屋として「どうすればお客さまに喜んでいただけるのか」を追求することは、こだわりでも何でもなく、私は“当たり前”だと思うのです。

2.誰にでも作れるパンではなく、自分にしか作れないパンを焼きたい。

4月の緊急事態宣言以降、カフェレストラン部門の売上は前年比で4から5割落ち込みました。一方のパン部門は、巣ごもり需要のおかげで来店客数も販売量も急増したのですが、影響として一番大きかったのはスタッフの心のケアの問題です。

横浜市郊外の閑静な住宅街にある本店「パンステージ プロローグ」。
店舗入り口のテラスには椅子とテーブルが設置され、イートインスペースとして親しまれている。

全店舗にそれぞれ厨房があり、使用するのは特注の「富士山溶岩窯」。
山本シェフの背景に写るのはイタリアンレストランを併設した「プロローグ プレジール」のピッツァ窯。

まず、平日でも普段の倍近いパンが売れるため、厨房もレジも休む間がありません。感染予防に個別にパンを袋詰めするなどの手間も増えました。しかも、感染への不安から辞めたアルバイトの学生もいたため、職人自らがレジ打ちや品出しまでしなければいけなくなりました。自粛生活にイライラされているお客さまもいましたから、突発的なトラブルへの対処など、心身ともに社員たちが受けたストレスは相当大きかったと思います。

店頭に並ばれるお客さまの立ち位置や、入店客数を制限するためにガードマンを雇い、4月から給料とは別に特別手当を支給するなど、私も経営者としてできることはしたつもりですが、それにしても社員たちは本当に頑張ってくれました。自分が感染するかもしれないという恐怖もある中、その日最後のお客さまが帰られるまで、パンを焼き続けてくれたのです。

パン職人の仕事はリモートではできません。わざわざ買い求めてきてくださる「お客さまのために」という想いがなければ、窯の前に立ち続けることはできなかったと思います。そして、その想いこそがパン作りの原点であり本質であることを、私もスタッフも今回のコロナ禍によって改めて思い知らされました。

パン屋って「お金のため」にはできない仕事なんです。数十円の利益のために、深夜、早朝から仕込みはじめる生活を、職人である限り毎日続けなければいけない。「少しでも美味しいパンを作りたい。そしてお客さまに喜んでいただきたい」という情熱がなければ、とてもできる仕事ではないと思います。だからこそ、お金以上の価値を見いだした“仲間”が集まりますし、仕事のつらさも喜びも分かち合えるのだと思います。

東日本の震災後、横浜でパン屋を営むオーナーシェフ仲間と、被災地へ炊き出しに行きました。そこで熱々のカレーパンを口にされたときの、被災者の方々の顔…。忘れられないですよ。

その仲間とは、一緒にNPO法人を立ち上げて、震災以前から様々な活動をしてきました。一つは、障がいのある人や、カンボジアや中国、台湾などで経済的に恵まれない人への、パン作りや店舗運営の指導。一時的な経済支援ではなく、手に職をつけさせることで継続的な自立をサポートすることを目的とした活動です。ただ、実際にはボランティアという立場で“与えている”はずの私のほうが、彼らから“与えられている”ように思います。純粋にパン作りと向き合おうとする彼らの眼差しは、なかなか目にできないものです。一言で言えばハングリー精神なのですが、私が駆け出しの職人として必死になっていた頃の気持ちを思い出させてくれるのです。

今、パン文化の本場とされるフランスでは、向こう流の“働き方改革”によって職人文化が衰退し、フランス人が日本へパン作りを学びに来るような状況が生まれています。どの業種でも職人と呼ばれる世界には共通していると思うのですが、分業や機械化によって失われるものが間違いなくあるのです。

当社には、学ぼうとする意欲にあふれた職人しかいません。この時代に、彼らの「誰にでも作れるパンではなく、自分にしか作れないパンを焼きたい」という情熱に、経営者としてどう応えていくのか。大きな課題ではありますが、原点を見失わず、立ち向かっていこうと思います。

photo:Syuji Takeda

企業DATA 有限会社プロローグ

本社 神奈川県横浜市青葉区美しが丘西1-3-10
代表取締役 山本敬三
創業 1999年(平成11年)
事業内容 パン・洋菓子の製造及び販売、カフェレストランの運営
Webサイト http://prologue.opal.ne.jp/
代表取締役 山本敬三 Keizo Yamamoto

1966年、東京都生まれ。高校卒業後、新宿中村屋へ入社。製パン部門で10年間の修業を積む。その後、数店のパン屋を経て、渡仏。フランスの著名レストランでパン作りを任される。'99年に独立し、パンステージ プロローグを開店。以降、オーナーシェフとして5つの店舗を立ち上げる。また2008年には神奈川県のパン職人仲間とともに特定非営利活動法人NGBCを設立。副理事長として、障がいのある人やアジア各国の低所得層にパン作りを通して「手に職」を与え、自立を促す支援活動を行なっている。現在、国際フード製菓専門学校および日本菓子専門学校においてパン科の非常勤講師を務め、後進の育成にも尽力している。

[出典]頑張る経営者の応援サイト