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フカボリインタビュー

この場所で、このチームで、僕はずっと生きていきたい――大阪ブルテオン 中村駿介、特別な思いを抱えて

大阪ブルテオンのホームタウン枚方で育ち、幼い頃から憧れたチームのコートに立つセッターがいる。
中村駿介選手は、日本代表クラスの選手がひしめき合う最強軍団の中で、自身の役割と向き合い続けてきた。
重圧に葛藤し、数々の壁にぶつかりながら、自分らしい戦い方を貫き続ける彼の人生観とはどんなものなのか。
コートの内外で愛される若きセッターが持つ「特別な思い」について話を聞きました。

憧れのチームから声がかかった。自分が呼ばれるなんて夢にも思わなかった。

――大阪ブルテオンのセッターとしてプレーされていますが、まずはチームに入団することになった経緯から教えてください。

僕の実家はパナソニックアリーナから車で5分、自転車で通える距離にあります。
さらに中学校時代はパナソニックパンサーズジュニア(現 大阪ブルテオンアカデミー)に所属していたので、僕にとってはとても馴染み深い場所であり、とても思い入れのあるチームがパナソニックパンサーズ(現 大阪ブルテオン)でした。
下部組織に属していたこともありますが、何よりも当時からパンサーズはとても強いチームで、僕にとっては強烈な憧れの対象でした。

けれど、そのチームに所属したいという考えは全くありませんでした。大学の同期たちがプロ入りを決めていく中でも「おめでとう!」と周りを祝う役割にまわっていましたし、自分に声はかからないと確信していたので、プロの世界に入りたいという思いすらなかった。それくらいの気持ちで大学生活を過ごしていたので、プロ入りする仲間を羨んだり、声がかからなくて悔しいと思ったりすることもなかったです。
そんな時にパンサーズから「うちに来ませんか?」と連絡をもらった時はとても驚きました。あまりの嬉しさに迷わず即決。「行きます!!」と勢いよく返事をしました。

――憧れのチームの一員となったわけですが、どのようにチームに馴染んでいったのでしょうか?

入団当初は清水邦広さん(現 大阪ブルテオンコーチ)をはじめ、テレビでも見ていた憧れの大ベテランがたくさんいましたので、最初はとにかく緊張しっぱなしでした。
自分は性格的に気にしすぎるタイプでもあるので、毎日のように「みんなに嫌われていないかな」「ちゃんとチームに溶け込めているかな」と一人で密かに悩んでいました。

ある時、人見知りで有名な清水さんから初めていじってもらえたのですが、僕にとってはそれがとてつもなく嬉しく、「ついにパンサーズに受け入れられたんだ!」と感動したのを覚えています。大先輩からの愛あるいじりに救われて、そこから少しずつ肩の力を抜いてチームに馴染んでいくことができました。今思えば、あの瞬間がプロとしてスタートを切れた瞬間だったかもしれない。今でも鮮明に思い出せるほど嬉しかったですから。(笑)

最強軍団の中で対峙する「負けの責任」という独特の重圧

――憧れのチームに入ったからこそ感じたプレッシャーはありましたか?

地元で戦うプレッシャーはありませんでしたが、日本トップレベルの攻撃陣を擁するチームのセッターであるという部分において、独特のプレッシャーがかなりありました。
セッターというポジションは、負けた時に「これだけのスパイカーが揃っていてなぜ勝てないんだ」と敗因にされやすい側面があります。ブルテオンには最高峰のアタッカーたちが揃っていますから、彼らの攻撃でも勝てないとなると「原因はセッターにある」と思われるのは当然のことです。自分がチームを負けさせてしまうのではないかという恐怖は常に心の中にありましたし、今でもありますね。

――気にしすぎる性格だからこそ、余計に深く考え込んでしまうこともありそうですね。プレッシャーへの対策はあるんでしょうか?

自分のトスひとつで試合が決まると思うと、悩んでプレーにも迷いが出そうになります。
だからこそ「迷った時に託す切り札」を自分の中で決めるようにしました。大学時代なら宮浦健人選手(ウルフドッグス名古屋)、ブルテオンなら西田有志選手や西山大翔選手などです。
普通のスパイカーはここぞというシーンが来る前に、スパイクを何本か打っておきたいものですが、彼らはいつボールが上がってもお構いなしにフルスイングで打ち込んでくれる。極端な話、僕が適当に上げたトスであっても彼らなら打ち切って決めてくれると信じられるんです。そうやって割り切る軸を作ることで、重圧の中で散らかりがちな頭の中を整理してコートに立つようにしていました。

逃げずに居場所を作れたのは、温かいチーム文化と枚方の街があったから

――重圧と向き合いながらも、このチームで戦い続けられる原動力は何だったのでしょうか?

憧れのチームであることはもちろんですが、地元である枚方のことが本当に大好きだということも大きいと思っています。
現在チーム内に枚方出身は僕一人なので、地元のイベントで「枚方出身、頑張れよ!」と声をかけてもらえるのは素直に嬉しいですし、その声を聞くたびに誇らしくなります。
高校時代に毎朝通学で使っていた京阪電車さんのPR媒体に出演させてもらった時も最高に嬉しくて「毎回使ってください!」とチーム広報にお願いしたほどです。(笑)幼い頃から見ていた景色の中でプロとして戦えるのは奇跡のような確率ですし、本当に恵まれていると感じます。

それに、チームの雰囲気も僕はとても好きです。
みんな熱いメンバーばかりで、本当に仲が良いんです。先輩や目上の方々が率先してコミュニケーションをとってくれて、休日に先輩から誘ってくれて遊びに行くこともよくあります。
こんな関わり方は学生時代にもなかったですし、誰に指示されるわけでもなく自然とみんながそうやって生きている。僕はこれを「ブルテオンの文化」だと思っていて、他にはない素晴らしいものだと感じています。色々な重圧や葛藤があったとしても、最後に行き着くのは「ここにいたい」という思い。そんな素晴らしい文化を持つチームに拾ってもらえたことは僕の人生最大の幸運です。だからこそチームが「残っていい」と言ってくれる限りは、ずっとここにいたい、貢献し続けたいと心から思っています。

最高の愛をもってバカになり、みんなをひとつにしたい

――そうした葛藤や感謝を経て、今コート上で果たすべきご自身の役割をどのように捉えていますか?

今の僕の役割は、間違いなく「盛り上げ役」です。チームの流れが悪い時や雰囲気が重い時こそ自分の出番だと思っています。具体的には、みんなが僕を見て思わず笑ってしまうくらい大袈裟に大騒ぎするんです。
自分はまだまだ発展途上ですし、技術面では愚直に学び続けるしかありません。でも、コート上では僕なりのやり方でチームを勝たせたい。そのために意識しているのが「自分が一番バカになること」です。誰よりも声を出し、たくさん走り回って大騒ぎする。人前に出ると緊張するような気にしすぎる自分が、恥を捨ててバカになる。そうすることで周りの選手も乗っかりやすくなり、重い空気も吹き飛んでチーム全体がひとつになると思っています。自分から率先してバカになれることこそが、僕の能力でありチームへの貢献の仕方だと思っています。
元々は気にしすぎる性格の僕ですが、この大好きな地元とブルテオンというチームへの「最高の愛」があれば、プライドや恥を捨ててバカになることなんて全く怖くありません。僕が盛り上げることで、最高の選手たちがまとまって、どこにも負けないチームになっていく。そうやってチームに貢献していけたら嬉しいなと思います。

みんなの投票で選ばれた「もっとも中村選手に聞きたい質問!」のコーナー

Q. 1番お気に入りの一発ギャグは何ですか?

A. ダイアン津田さんのゴイゴイスー!(ご本人にこの思い届け)

本記事は2026年7月に実施したインタビューに基づくものです。

大阪ブルテオン 中村 駿介選手

大阪ブルテオン 中村 駿介選手

早稲田大学時代に本格的にセッターへ転向し、全日本インカレ4連覇に大きく貢献。
3・4年時にはベストセッター賞を受賞。
チームの空気を一変させる盛り上げ役としてもファンから愛されている。

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