フカボリインタビュー
僕は地域とともに強くなる!──市川健太、一宮市役所の実習生として地域活動する本当の意味
ウルフドッグス名古屋でプレーする市川健太選手。
彼はコートで戦うだけでなく、一宮市役所で地域活動にも力を注ぐ、異色の選手だった。
バレーボールと地域活動、その両立の中で見つけた自分の役割があるという市川選手。
「一宮といえば市川と思って欲しい」彼が独自の道を歩み続ける理由とは。

最初は「バレーをやらせてくれ」と思っていた。

――オフシーズンに一宮市役所で臨時職員として働き、地域活動をされているという市川選手。一宮市役所での活動について、最初はどんな気持ちで取り組んでいたのでしょうか。
この活動はチームとしては4年目を迎えていて、僕自身は今年(取材当時:2025年6月)で参加2年目になります。
ウルフドッグス名古屋に入団してから、選手として結果を出すことが何より大事だとずっと思っていました。ですから、一宮市役所で地域活動を担当するお話をいただいたとき、正直なところ最初は戸惑いが大きかったです。もちろん地域のために頑張りたいという気持ちはありました。それでも最初の頃は「まずはバレーボールをやらせてほしい」「もっと練習に時間を使いたい」というのが本音でした。
活動内容は本当に幅が広く、保育園や小学校でバレーボールの楽しさを伝える教室をしたり、市のイベントでPR活動をしたり、ほとんど市役所内にはいなくて、ずっと外で動き回っている感じです。事前に想像していた以上に多岐にわたっていましたね。どの活動も大切だと頭では分かっていても、当初は「これを続けて自分は成長できるのか」「本当に必要な活動なのか」とうっすら疑問をもつ自分がいたことも否定できません。
ですが、自分自身、注目を集めてファンを増やしたいという考えもあったので、「これも意味がある活動の一つだ」と信じて1年目は取り組みました。
慣れない日々が、自分に変化をもたらした。

――地域活動とバレーボールの両立、その中で悩むことはありましたか?
実は結構たくさんありました。
特に一宮市役所での活動1年目は、チームの構成も変わって、自分自身の役割も大きく変化したタイミングだったので、バレーボールと地域活動のどちらに力を入れて過ごせばいいのかが、なかなかうまく切り替えられない苦しさがあったんです。チームの中での役割の変化にどう取り組むかは、僕にとってもチームにとっても重要な課題で、何がなんでも結果を出したいという強い思いがあり、バレーボールに今まで以上に前のめりになっていました。そういう精神状態で日々バレーボールに取り組んでいたので、極度の緊張感の中で周りのことを考えるのが難しかったのかもしれません。
選手としては試合に出て勝つことが一番の目標。でも一方で、一宮市役所の活動に関わる中で「市川選手が来てくれてうれしい」と言ってくれる方々がいて、その期待にも応えたいと思う自分もいる。でも現実には、どちらも全力でやりたいのに、うまく両立できていない自分に苛立つことも多かった。僕は起きている時間を全て「アクション」に費やしたいと思っているタイプで、どんなアクションも意味のあるものにしたいと常々思っています。起きている間は全力で活動して、夜になったら全力で寝る、そんな人間なんです。そういう気質もあって、中途半端になるのがとにかく嫌で、自分自身のスイッチがうまく切り替わっていないと感じる瞬間があるたびに、少しずつストレスになっていたと思います。
――どのようなタイミングで、気持ちに変化が出てきたのでしょう?
バレーボールの面では、急に何か変化があったというわけではなく、少しずつ「勝手に自分に期待しすぎていたな」と思えるようになったのがきっかけです(笑)でもこれは悪い意味ではなく、前のめりになりすぎて自分自身で課題を大きくし過ぎていたことに気づいたという感じです。偉大なリベロであった小川智大選手が抜けた穴を、なんとか自分が埋めなくてはいけない、みんながそれを期待しているのだから応えなくてはいけないと思い、必死になればなるほど空回りしていたんです。それに気づいて、少し肩の力が抜けたあたりから「自分は自分だ。できることをひとつずつやるしかないんだ」と思えるようになって、ゆっくりと成長し始めたという感じですね。
一宮市役所での地域活動に対して大きく気持ちが変化したのは、実はつい最近です。1年目は活動先で自己紹介しても、みんな「バレーボールの選手?」という感じのリアクションが多くて、なんだか少し寂しい気持ちになることもありました。ホームアリーナのすぐ近く、さすがに知られているだろうと思って行った活動先で「ウルフドッグス?聞いたことはあるけど…」という感じで首を傾げられてしまったこともあって、自分たちの認知度の低さを感じたことも多々ありました。ところが、2年目は大きく違いました。まず一宮市役所に行ったら、本当に多くの方々が「チャンピオンシップみたよ」「残念だったけどすごく感動した試合だったよ」「あの選手すごくうまいよね」と、声をかけてくれました。僕にとってはそれが衝撃的で「みんなめちゃくちゃバレーボールに詳しくなってる!」と驚いたんです。
その瞬間に「去年の自分の活動が、今この瞬間に身を結んだ」と、やっと理解できました。バレーボール教室や地域の方とのふれあい活動って、どのチームでも当然やっていることですし、別に目新しいことじゃないんです。一宮市役所での活動だって一つひとつをみれば、そこまで珍しいものではありません。けれど、大きく他と違うのは「毎年同じ環境で行なっている活動」という点だったことに気づいたんです。1年前の自分が動いたことで、少なからずバレーボールに、ウルフドッグスに、そして市川という選手に興味を持ってくれた人がいた。そこまではよくある話ですが、その人たちにまた会える機会があるということが、とてつもなく重要な要素だったんです。
僕にまた会えると思ってくれている皆さんは、僕のことを身近な存在に感じてくれる。だからこそ、興味だけでとどまらずに「応援に行く」という行動にまで起こしてくれる。そして、行動を起こしてくれた皆さんは、僕らを話題にしてくれる。その話題を聞いた人がまた会場に来てくれる。この流れに気づいた時、2024-25シーズンのチャンピオンシップで、僕たちが勢いを落とさずに戦えた理由もわかったんです。僕らは多くの活動を行ううちに、自分たちで意識しているよりもはるかに多くの方から応援してもらっていたのだと、ハッキリ理解することができたんです。
「繰り返しが絆をつくる」それはチームが導いてくれた答えだった。

――地域活動で、ここまで明確に効果を感じると言い切れる選手は珍しいのではないでしょうか。
これはウルフドッグスというチーム、そしてチームを運営するTG SPORTS株式会社という会社の思想のおかげだと思っています。
他のチームでもそうなのかもしれませんが、ウルフドッグスの選手のオフシーズンは本当にめちゃくちゃ忙しいんです。毎日スケジュールはパンパンで、そのほとんどが地域活動です。一日に何カ所もまわることも珍しくありません。そんな状態なので、選手によってはしんどいと思う人もいるのかもしれません。僕も最初のうちは「毎日多いな」と思っていましたしね。でも今は、この活動量こそが地域に根付くために必要な「最低限の活動量」なんだなと思うようになりました。
これはウルフドッグスの選手として生活しているうちに、チームの思想がわかってきたからこそ、受け入れられたことです。すごく大変な活動量なのに、それが当たり前だと言わんばかりに常に前向きに取り組み続け、それでいて笑顔も絶やさない。そんな社長やフロントスタッフの皆さんと過ごしているうちに、いつしかその考えに共感し、理解して動けるようになっていたという感覚があります。
――とても素晴らしい関係性ですね!地域に根付くことの一番の効果はなんだと思いますか?
人生は良い時も悪い時もある。それは会社でも、スポーツチームでも、絶対にみんな共通していることですよね。
常に「良い」に越したことはないのですが、必ず「悪い」時もきてしまう。そんな時に、地域の方々に応援されていないというのは、正直かなり厳しいものがあると思います。自分たちがうまくいかない時に、それでも支えてくれるのはやはり地域の方々であることが多い。そういう支えがない中で戦うというのは、あまりにも危険で、あまりにも寂しいことだと僕は思います。
どんな時も心折れずに、前向きに進み続ける。これができるということが、地域に根付くということの最大の効果だと思っています。
バレーボール選手みんなが地域に入り込んだ方がいい!

――これからの地域活動への想いを教えてください。
やってみて思ったのは、バレーボール選手みんながこれぐらい地域に入り込んだ方がいいのではないかということです。もちろん簡単なことではないですし、地域活動の成果って目に見えにくい部分があると思います。でも、地域に根付いているからこそ、たとえチームが厳しい状況に置かれたときでも、また盛り返せる強さが生まれるのも事実です。これは逆境にもくじけないチームになるために必要なことだと思いますし、今いるファンの方々に支えてもらうだけじゃなく、地域の皆さんに「このチーム、この選手を応援しよう」と思ってもらえるように、根を張っていく活動が大事だと感じます。
そして、地域活動は一度やって終わりでは意味がないということも、本当に伝えたい。継続することに大きな意味がありますし、継続しないと絆は生まれないと実感しています。SNSでの発信やPRも大事ですが、それ以上に、地道に保育園や体操教室といった地域に根差した場所に、足を運び続けることが大切です。
ありがたいことに僕は、それが実現できる環境をチームに用意してもらえた。この環境の中で最大限に努力して、誰よりも地域に根差した選手として認知されたいと思っています。だからこそ、まずは「一宮といえば市川」そう言ってもらいたい。そうなることで一宮をはじめ、ウルフドッグスの関わる地域にどんどん良い波が伝わって、もっともっと笑顔が増える好循環ができるはずです。そしてこの好循環を日本全体にも伝える。これこそが僕に与えられた役割のひとつだと、今では思っています。
選手として、地域の顔として、みんなに楽しんでもらいたい。その気持ちを絶やさずに、明日も地域活動で走り回ります。ご依頼をいつでもお待ちしています!(笑)
本記事は2025年6月に実施したインタビューに基づくものです。

ウルフドッグス名古屋 市川健太選手
長崎出身。安定した守備と明るいキャラで愛されるリベロ。
世界ユース選手権でベストリベロ賞を受賞。
所属するウルフドッグス名古屋は、「リクルートスタッフィングpresents 大同生命 SV.LEAGUE AWARDS 2024-25」において最優秀社会連携クラブ賞を受賞。