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フカボリインタビュー

一度はユニフォームを脱いだ3人が語る、離れて気づいた“バレーボール愛”──井上奈々朱×内瀬戸真実×入澤まい 本音座談会

埼玉上尾メディックスでプレーする井上奈々朱と内瀬戸真実、そして入澤まい。
3人には共通点がある。それは一度、現役を引退していることだ。
とはいえ、その理由も、引退後の過ごし方も、復帰した背景もまるで異なる。
「やりきった」「刺激がない」「姪っ子に負けたくない」──離れた時間が教えてくれたのは、バレーボールが人生にもたらした特別な思い。
三者三様の思いを語り明かした。

左から井上奈々朱選手、入澤まい選手、内瀬戸真実選手

「十分やりきった」「プライド」「五輪」──3人が引退を決めた理由

2023-24シーズンを終えて現役生活から退いた井上。実のところ、引退を考えたのは、その1シーズン前のことだったという。
「衰えを感じたわけではなく、まだプレーは全然できました。ただ純粋に『バレーボール人生は十分やりきった。そろそろいいかな』という気持ちが芽生えたんです」
だが、その2022-23シーズンの半ばに大怪我に見舞われたことで、「リハビリを乗り越えたい」「叶うなら怪我から復帰して辞めよう」と1年先延ばしに。やがて復帰を果たし、2024年春に引退となった。
井上の引退について「怪我を乗り越える姿やその様子を見聞きしていただけに、もったいない、と感じましたがナナさん(井上)が決めたことですから」と尊重したのは内瀬戸だ。自身は2022-23シーズンに一度、引退した。
「私は30歳を過ぎたあたりから選手としてのキャリアに対して1年ごとに向き合っていました。その中でも『自分が一番いい状態の時に辞めたい』という妙なプライドがあって、『今がそのときだ』と感じて引退を決意しました」
区切りをつけていたのは入澤も同じ。日本代表に選ばれていた入澤は、2024年のパリ五輪を最大の目標として取り組んでいた。
「そこを一つの区切りとして考えていましたし、それが叶わなかったときに次の五輪への思いも湧きませんでした。『やりきった』と思えたので、引退しました」
3人とも自分自身と向き合い、いっさいの未練を抱くこともなく、長年励んできたバレーボールから離れることを決意したのであった。

引退後のバレーボールとの向き合い方

――長年プレーされてきた競技からの「引退」を決断し、ご自身の中でのバレーボールという存在に変化はありましたか?

内瀬戸 実は私の場合、メディックスとして引退した2023年の秋に鹿児島国体を控えていました。引退前に母校の鹿屋体育大学と一緒に出場することになっていたので、引退の実感があまりなくて…。

井上 マミ(内瀬戸)は本当の引退までが長かったよね。

内瀬戸 鹿児島国体が終わってからは、バレーボールと自分なりの関わり方をしていました。もともと引退後は、バレーボール関連の仕事に就きたいと積極的に思っていなかったのですが、ありがたいことにバレーボール教室や試合の解説のお仕事を頂戴して、最終的に事務局スタッフとして埼玉上尾のチーム運営に携わることになりました。

入澤 私は引退してもバレーボールそのものから離れる気持ちはありませんでした。働きながら自由に、好きなときにバレーボールができればいいなと考えていたのでクラブチームの「東京スリジエ」に加入して、そこで半年間のシーズンをプレーしていました。

井上 私は逆にバレーボールをしない生活になり、体育館に行かなくなりました。引退した当初は「なんだか時間がたくさんあるな…?」と不思議な感覚でした。引退してから「バレーボールをやりたい」という思いはなく、まずは仕事を探すことから始めて、電話をして、履歴書を書いて、面接を受ける…どれも初めてで大変でしたが、「これも勉強だ」と思いながら向き合っていました。飲食店でアルバイトもしましたね。接客は向いていないと思っていましたが、意外と楽しかったです。

入澤 すごいですね…私、アルバイトをしたことがありませんから。私は引退を決めたもう一つの理由に「早く社会に出てみたい」という気持ちがあったので、まずはリヴァーレの母体である日立グループの企業の社員になりました。会社で丸々一日を働く経験がなかったため、「一日中、座って働くのは大変だな…」と感じましたし、忙しかったのですが、仕事をする楽しさもありました。

内瀬戸 私も競技を離れたことで、未経験の分野に触れる機会が巡ってきました。話すのが苦手なのですが、解説のお仕事を頂戴しました。ほとんど話せていなかったと思いますが…それも人生経験です。

「自分が納得する」「負けていられない」「1シーズンの充電を経て」──3人が選んだ2度目の競技人生

――やがて井上選手はその年の秋に復帰し、入澤選手は1年、内瀬戸選手は2年間を経てトップカテゴリーに戻ってきました。その背景を聞かせてください。

井上 引退してからストレスのない自由な日々を送っていましたが、同時に刺激のなさも痛感していました。練習だけでも、それこそ体育館に足を運ぶだけでも私にとっては刺激があり、充実していたんだなと感じている頃でした。そんなときに埼玉上尾から復帰のお話をいただいて、「今しかない誘いを引き受けた方が、自分も納得するのでは」と考え、復帰を決めました。

内瀬戸 刺激がない感覚は私も分かります。私は姪っ子がバレーボールを始めたことが復帰のきっかけでした。姪っ子が私よりも「うまくなる!!」と言っているのを聞いて、「まだまだ負けていられない」と思ったんです。私がプレーしている姿を見せたい思いが強くなり、チームのGMに相談したところ、背中を押してもらいました。

入澤 私の場合、実は引退した2024年の夏頃に埼玉上尾からお話をいただいたんです。ただ、スリジエでのプレーがすでに決まっていたことや「引退後の生活を楽しんでみたい…」という興味もあり、丸々1シーズンは考える時間に充てていました。その期間に知り合った方々と「まだやらないの?」「考えているんです」といったやりとりをしたのもいい思い出です。結果的に埼玉上尾で復帰することを決断して、その方々にも応援に来ていただいたことはうれしかったです。今、レギュラーシーズンを戦っていて「私はトップのカテゴリーに戻ってきたんだ」と実感しています。

井上 戻ってきた実感は大きかったです。バレーボールはすっぱり辞めたつもりでしたから。結果的に離れた期間は半年だけでしたけれど、いざ試合に出場すると「本当にまたコートに立っているんだ」という気持ちで胸がいっぱいでした。緊張や不安ではなく、感激と言いますか…これまで味わったことがない感情でした。

内瀬戸 私の場合、周りが「2年間空いていた?」という反応で、不思議な空気でした(笑)

井上 だって、そんな感じだったよ?

入澤 ついさっきまでばりばりプレーしていた、そんなオーラでした。

井上 マミは復帰にあたってトレーニングを積んでいたようですし、現役と同じメニューをこなせるほどの体に仕上げていました。そこは覚悟を感じましたね。

内瀬戸 なので、現役に復帰したという実感はそれほどありませんでした。受け入れてくれたみんなのおかげですね。むしろ2年間空いていた分、バレーボールをいっそう楽しくできるようになりました。

自身2度目の競技人生。今の自分にとってのバレーボールとの向き合い方

――離れていたからこそ、バレーボールがさらに楽しくなった。それはどうしてでしょう?

内瀬戸 本当に…どうしてですかね?

井上 ね!!なんでだろう(笑)

入澤 でも、分かります。今の方が素直にバレーボールを楽しめている感覚があります。

内瀬戸 一度離れたからこそ、純粋に競技に集中できている、といいますか。

入澤 たとえ1年間でも、引退した期間があってよかったと心から思いますね。以前とは全然違う楽しさなんです。そもそも私は競技をしているときに「楽しい」「嬉しい」という感情がそれほどなくて、感情表現が苦手でした。けれど今は素直に感情を出すことで楽しくなれると感じていますし、それがプレーの向上にもつながっています。

井上 私自身、20代後半の頃からバレーボールをより深く味わえるようになれた気がして、その理由の一つがチームスポーツであることです。プレーにおける相手との駆け引きも楽しいですが、それを踏まえたうえで「自分が点を取れたこと」よりも「自分の動きも含めて、みんなで1点を取れたこと」がとても楽しいなと感じるんです。仮に得点につながらなくても、そこで「自分がこうしよう」「もっとこうできたかも」と考えるだけでも、そこに楽しさを見出せています。

内瀬戸 私も最近、「やっぱり私は本当にバレーボールが好きなんだ…」とあらためて認識しましたね。

――再び現役生活を送り、いずれはまた競技から身を引くときがやってくるかと思います。この先のキャリアをどう描いていますか?

入澤 私は復帰を決断した大きな理由が、「もう一度、日本代表を目指したい」と思ったことです。ですから、次の区切りは私の中で決まっています。そのときにどんな思いを抱くかは分かりませんが、目標とする代表に選ばれるために、また同時にチームで優勝したい思いがあるので、そこに向かって自分をいかに引き上げていくかは常に考えていきたいです。

井上 先のことはまったく読めませんが、年齢的にこの先のキャリアはそう長くないでしょう。その分、今まで経験してきたことや積み重ねてきたことを何かしらの形で還元したいという気持ちは強くなっています。そんな気持ちもこれまではなかったのですが、最近は自分から後輩やチームメートに働きかけるのもいいものだな、と思うようになりました。次の引退が何年先になるか、自分がどうしていくかという方向性も定まっていませんが、それまでに選手としてできるかぎりのことはやりたい。もちろん1年1年が勝負なのは、これまでもこれからも変わりません。

内瀬戸 ナナさんがおっしゃったとおり、私自身も先は長くないと感じています。姪っ子にプレー姿を見せたい思いから日本でプレーすることを決めたのですが、以前から海外でプレーしたい気持ちがあったので…一度きりの人生、もう一度海外に行きたいという気持ちも実は持っています。今は埼玉上尾で、初めてキャプテンをやらせてもらっていますし、もちろん優勝したい!!言葉で引っ張っていくタイプではありませんが、チームや仲間にとって少しでもプラスになるような存在になれたらいいなと思っています。

本記事は2025年11月に実施したインタビューに基づくものです。

写真提供:株式会社埼玉上尾メディックス

埼玉上尾メディックス 井上奈々朱選手

埼玉上尾メディックス 井上奈々朱選手

Vリーグ栄誉賞を受賞するなど長年第一線で活躍。2024年に一度ユニフォームを脱いだが、同年9月に埼玉上尾メディックスで現役復帰。
豊富な経験に裏打ちされた技術とスピードある攻撃で、再びコートに立ちチームを鼓舞する。

埼玉上尾メディックス 内瀬戸真実選手

埼玉上尾メディックス 内瀬戸真実選手

日本代表や海外でのプレー経験を持つ守備の要。2023年の引退後は事務局スタッフとしてチームを支えていたが、2025シーズンに現役復帰。
安定したレシーブとベテランらしい巧みなプレーで、精神的支柱としてチームを牽引する。

埼玉上尾メディックス 入澤まい選手

埼玉上尾メディックス 入澤まい選手

188cmの高さと機動力を武器に日本代表でも活躍。一時トップリーグを離れたが、2025年に埼玉上尾メディックスへ入団し復帰。
ブランクを感じさせない圧倒的な高さからのブロックとスパイクで、チームの勝利に貢献する。

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