フカボリインタビュー
飛び込む勇気が道を作る──PFU松井珠己が歩んだ海外挑戦と、セッターとしての現在地
高校進学を機に地元を飛び出し、Vリーグ(当時)を経てブラジル、アメリカと海外リーグでプレーしてきたPFUブルーキャッツ石川かほくの松井珠己選手。
彼女はなぜ、未知の環境に身を置く選択を重ねてきたのか。
そこにあったのは、競技の枠を超えて通じる「自分の基準で決断する」という姿勢。飽くなき向上心とチャレンジャー精神、そして大同生命SVリーグでのプレーを通して描くビジョンに迫ります。
海外志向の原点――自分の人生は自分で決める
――学生時代からアンダーエイジカテゴリー日本代表として国際大会に出場し、2023-24シーズンはブラジルのスーパーリーガ、2024-25シーズンはアメリカのLOVB(リーグ・ワン・バレーボール)でプレーされました。海外でプレーする考えが芽生えた背景を教えてください。
海外で行われている国際大会に私が初めて出場したのは、日本女子体育大学時代です。その頃から海外のバレーボールの雰囲気に強く惹かれるようになりました。イタリアで開催された第30回ユニバーシアード競技大会で私たちは3位となり、準決勝の雰囲気や観客の熱狂に触れたことが強く印象に残っています。また、メキシコで開催された第19回世界ジュニア女子選手権大会(U20)では、高山地帯ならではのコンディション調整や安全面への配慮など、日本では得られない経験が大きな刺激となりました。
そのような経験を経て、「いつかは海外でバレーボールをしてみたい」という思いが芽生え、それが叶えられるタイミングが(ブラジルへ渡る)2023年だったんです。
――千葉県松戸市のご出身で、松戸市立第四中学を卒業後は富山県の富山第一高校へ進学されます。新しい環境に飛び込む姿勢は、この頃から持ち合わせていたのでしょうか。
おそらく、そうだと思います。地元から県外の高校へ進むことにも抵抗はまったくありませんでした。みんなは「すごいね」と言うけれど、私は「バレーボールをするのだから、どこでも一緒じゃない?」ととらえていました。新しい環境に飛び込むことに抵抗はなく、むしろ私にとっては普通の選択でした。
大学を選ぶときも、デンソーエアリービーズからブラジルへの移籍を決めたときも、ほとんど周りに相談をしていません。反対の意見を受けることもありましたが、いつも自分のやりたいことを貫いていました。そこはやはり自分の人生ですからね。
海外で味わった経験や地域とのつながり。バレーボール教室でのふれあいも。
――大学卒業後にデンソーで3シーズンをプレーされて、まずはブラジルへ。ご自身にとって初めての海外挑戦を振り返ってもらえますか?
そもそもブラジルリーグの存在を知りませんでした。ブラジル代表が強いというイメージは持っていましたが、リーグの実態は知らなかったので、オファーをいただいてから調べ始めました。というのも、「まずはチャンスがある場所に行きたい」と考えていたので、「どこでやりたい」のかは自分の中で明確ではなかったんです。
だからこそ、環境の良し悪しでは判断しない。たとえまるで知らない世界であっても「自分がその環境に馴染めばいい」と思っていました。ブラジルと聞いて少し不安もありましたが、それも楽しみと言うか、ワクワクしていましたね。
(所属チームの本拠地である)マリンガは日系ブラジル人の方が多く、とても温かい土地柄でした。日本人選手がプレーするということでパーティーを開いてくださり、試合へも応援に来ていただきました。一方で、経済的に厳しいチームということもあって、遠征先への移動や宿泊環境が過酷で、食中毒になってしまうなど大変な部分もありました。そのときは辛く感じましたが、今となってはいい経験でしたし、面白かったと思います。それこそ「生きていれば大丈夫」という考え方です(笑)
――翌2024-25シーズンはアメリカでプレーされます。こちらは「次のプロリーグをバレーボールから」を掲げて創設されたリーグ(LOVB)でした。
きっかけは、日本女子体育大学時代につながりがあったヨーコ・ゼッターランドさんがアトランタにあるLOVBのチームでコーチをされることになり、お声がけいただいたことでした。アメリカに新たな国内リーグが誕生すると聞き興味もありましたし、ヨーコさんを介してリーグの方々から条件面や運営のコンセプトなどを聞いて、「このチャンスを逃したらもったいない」と思い、プレーを決めました。
LOVBはアメリカ代表の選手たちがプレーしているとあってレベルが高かったです。また、各地域の子供たちを対象にしたバレーボール教室をリーグが催していて、私も講師として参加しました。もちろん会話は英語でしたが、意外とジェスチャーでも通じたものです。大事にしていたのは、子供たちが上手にプレーできたときに褒めてあげること。それは私が小さい頃に同じようにしてもらって嬉しかったからです。本人の中で、「今のでよかったんだ」と思えることが次の上達につながりますし、そこに国や言語は関係ないと思います。いいプレーは褒めて、改善点があれば身振り手振りを交えて一緒にやってあげることを心がけていました。
控えという現実――それでも「後悔はない」
――LOVBで所属したソルトレイクには、アメリカ代表で東京五輪金メダリストのジョーディン・ポールター選手がいたこともあって、控えに回る時間も多くありました。
後悔はありません!むしろ、またプレーしたいぐらいです。LOVBでプレーして最も強く感じたのは、アメリカの選手たちの心の広さです。私が上げるトスの良し悪しに関わらず、「これぐらいのトスだったら打てるよ」と言ってくれます。たとえ言葉が通じなくても分かり合うことができ、プレー面においてアメリカはとてもやりやすかった。だからこそ、正セッターとしてコートに立ってみたいです。
――ブラジル、アメリカで海外のバレーボールに触れたことで、ご自身のキャリアに与えた大きな影響は何でしょう?
長くバレーボールをしたいと思いました。例えば、日本は20代の半ばで引退する選手も比較的多い印象ですが、ブラジルの現役選手の平均年齢は30歳を超えています。実際に30代に入ってからパフォーマンスが伸びる選手もいると聞きますし、さらには出産を経験してから現役に復帰する選手もいます。アメリカには「ママさんプレーヤー」がたくさんいて、オフシーズンに出産の時期を合わせることや、シーズン単位で産後休暇・育児休暇を取得するなど母体への配慮もあります。
私自身、長くプレーしたいと思ってはいましたが、出産してからもプレーするとは考えもしなかったので、「こういう人生設計もあるんだ!」と新鮮でした。アタッカーはジャンプを伴うので肉体的に厳しいかもしれませんが、セッターやリベロはプレーし続けることでパフォーマンスが良くなる可能性があります。海外の選手を見ていると、できるかぎり長く現役生活を送りたいと思うようになりました。
海外での競技生活は楽しいことばかりではありませんでしたが、そこに飛び込んだことはとてもいい経験でした。
もう一度、自分を磨き上げるためにSVリーグでのプレーを決断。次のビジョンは
――この2025-26シーズンからはPFUでプレーされています。レギュラーシーズン開幕戦でさっそくスタメンで起用されました。
実はもう1年、アメリカでプレーする計画もありました。ただ、試合に出られるか出られないか分からない状態でもう1シーズンの勝負をするか、それとも試合に出場できる場所で自分をもう一度磨き上げるか、とても悩みました。
結果的に渡米前から練習場所を提供してくださっていたPFUでプレーすることに決めたわけですが、アメリカのチームではほぼ1シーズン、フルセット出場でトスを上げる機会がなかっただけに開幕戦は緊張と怖さもありました。私自身、試合中は相手との駆け引きなど考えることも多くて、試合が終わるとアドレナリンが切れたせいなのか、頭が痛くなることがしばしあるんです。スタメンでセッターとしてトスを上げきったという実感をそういった部分で得られています。
――PFUの司令塔として戦うSVリーグで、ご自分が描いているセッター像をお聞かせください。
セッターとして、過去最高の自分を更新し続けたいです。まだまだパフォーマンスが乱れてしまう場面もありますし、チームの状態が崩れると私も一緒に引きずられてしまうことがあります。だからこそ最初に立ち直るのは自分―メンタルもプレーも立て直し、周囲を押し上げるセッターでありたいと考えています。
リーグが始まった当初は不安もありましたが、たくさんの試合を重ねていくなかでチームメイト一人一人の個性を掴みつつあります。それを毎試合でコンスタントに引き出すことができれば十分に勝負はできるはず。私も自信をつけてきているので、今シーズンはしっかりと上位を狙っていきたいです。
――たくさんの経験をされてきた松井選手の、次にチャレンジしたいことは何ですか?
プレー機会を通して自分を成長させたい思いから、SVリーグへの挑戦を決めました。一方で、これから年齢を重ねていく上で、スタメンでトスを上げることが絶対ではなくなってくるとも想像しています。もちろん試合に出たいですが、途中からコートに立って流れを変える“ゲームチェンジャー”という役割もできれば、それもまた強みになるでしょう。まだまだ体が動くうちはスタメンでプレーしたい気持ちが大きいですが…。アメリカでスタメンを張れるぐらいに自信がついたら、もう一度渡米したいですね。
本記事は2026年2月に実施したインタビューに基づくものです。
PFUブルーキャッツ石川かほく 松井珠己選手
高校進学を機に地元を離れ、大学卒業後は日本のみならずブラジル、アメリカのリーグでプレー。
世界を舞台に培ったゲームコントロール力と冷静な判断力で、PFUブルーキャッツ石川かほくの司令塔としてチームをけん引する。