フカボリインタビュー
負けず嫌いを力に変えて──SAGA久光・荒木彩花が前を向き続ける理由
2022-23シーズンには「ブロック賞」と「スパイク賞」の二冠を獲得し、日本代表の主力として2024年にパリ五輪へ出場を果たすなど、名実ともにトップ選手となったSAGA久光スプリングスのミドルブロッカー荒木彩花選手。
第一線に立つまでの成長と、競技人生最大級の怪我を乗り越えた経験。その歩みが彼女の明るさと芯の強さにつながっている。
実は人見知り?それでもコート上では自分から発信してきた
――チームメイトやファンから「明るいキャラクター」で親しまれている荒木選手ですが、ご自身はどう感じていますか?
SAGA久光の入団2年目ぐらいから、そういうキャラクターとして定着したと感じています。どうしてでしょうか(笑)。小学生の頃は先生に「『友達になろう』という言葉からスタートしようね」と教えてもらっていたので、誰彼構わず「友達になろう!」と声をかけていました。休み時間も男子にまざってサッカーやドッヂボールをするような子でしたが、中学生になるとそうした積極性も影を潜めるようになりました。休み時間は女子の友達とおしゃべりするという過ごし方に変わり、精神的に大人になったというか…今でも私自身は「明るいキャラクター」だとは感じておらず、実際には人見知りな部分があります。
――バレーボールを始めたのは中学生になってから。やがて大分県の名門、東九州龍谷高校でレギュラーに定着するようになった2年生時から、コート上でも激しく感情を表現する様子が見られるようになりました
バレーボールの時は積極的に話すタイプだったと思います。チームスポーツですから、コミュニケーションがなければチームがうまく回りません。顧問の先生方にも教えていただきましたし、私自身もコートでそう感じたので、なるべく自分から話すようには心がけていました。高校で監督の相原昇先生(当時/現・Astemoリヴァーレ茨城監督)から「とにかく吠えるんだ」と言われたことをきっかけに、どんどん感情を出すようになりました。恥ずかしさはなく、「やらなければ」という義務感からパフォーマンスを繰り出していました。
「自分のために」から「チームのために」繰り出すようになったガッツポーズ
――今でこそ激しいガッツポーズは荒木選手の代名詞と呼べるものになっています。ご自身ではパフォーマンスの効果をどのように感じていますか?
高校を卒業してSAGA久光に入団した当初は、「とにかくチームの足を引っ張らないように」という意識を強く持っていました。そこではまず自分の感情を高め、次にプレーを高めていこうと考えていました。
社会人になって5、6年が経った今ではパフォーマンスも多少は落ち着いてきたと思います。チームを鼓舞するためにも、ここぞという場面で1点をもぎとったとき、大きくガッツポーズを繰り出します。私の中で「自分のために」やっていたパフォーマンスが、今は「チームのために」するものへと変わっています。
とはいえ、ガッツポーズやパフォーマンスはもう自然に出ているものです。映像や写真で振り返ると、「このポーズはさすがに恥ずかしいな」と思うときもありますけど(笑)、一方で「自分が思っていた以上に、喜んでいるな」と感じることも多いですね。
――対照的にミスや失点の場面などで感情をコントロールするようなことはあるものですか?
私自身は自分のミスが失点につながったときは、顔に出やすいタイプなんです。一方で、自分がいい形でつないだのに最後に味方がミスをしてしまった場合は、他のどの選手よりもその本人が最も責任を感じているでしょうから、「切り替えていこう」という声をかけるようにしています。ミスした責任を抱えこませないような立ち居振る舞いをしたいと考えています。
バレーボールは常に得点が生まれ、状況が絶えず変化する「流れのスポーツ」です。点差が離れていたのに、いつのまにか追いつかれているというシチュエーションは当たり前にあります。そうした状況でネガティブな感情から生まれるミスの連鎖を減らしていきたいと、常に意識してプレーしています。
――2023年に日本代表に選出されて、シニアのカテゴリーではご自身にとって初めての国際大会へ参加。デビュー戦では最初からガッツポーズが見られました。
あの頃は日本代表の中でも私が一番年下でしたから、まずは緊張を解かなければと思っていました。そうしたマインドセットから派手めにガッツポーズを繰り出したと思います。とはいえ「ガッツポーズをするぞ」という考え以上に、初めて自分で得点できたことへの喜びがとても大きかったので、感情のままに繰り出していました。
代表活動1年目で、「ほんとうにこの実力で世界と戦えるのか?」という不安はありましたが、デビュー戦でいい結果を残すことができたのは自信につながりました。一方で、さらに世界の強豪と戦うために足りない部分も自覚できたので、ポジティブに捉えながらシニアでの代表活動をスタートさせました。
個人二冠で臨んだ代表シーズンで大怪我も。「いちばんのどん底」を乗り越えた
――その年の代表活動中に大怪我に見舞われます。同年秋のパリ五輪予選への出場も絶望的となる事態でした。
ブロックの着地時に足を痛めてしまい、その瞬間は記憶が飛ぶほどの激痛でした。病院で診察を受けている時も「すぐには復帰できないだろうな」と思う反面、「せめて手術にならないように…」と願っていました。診断結果は靭帯の損傷と断裂、それに剥離骨折でした。
思えば、このときがバレーボール人生においてメンタルがどん底にあった時期でした。体のコンディションやパフォーマンスは決して悪くなかったため、目標のパリ五輪に向けて意気込んでいました。ですが予選に出場できず、そもそも大会に間に合うかもわからない。何もポジティブに考えることができませんでした。
――リハビリ期間はどのような気持ちで過ごし、復帰に向けてどのようなプロセスを踏んだのですか?
なるべくバレーボールのことを考えないようにしていました。リハビリも「ただ取り組む」だけで、それ以外は病院の中庭で車椅子に乗って、ぼーっと外を眺めていました。また普段はほとんど本を読まないのですが、このときは友人に買ってきてもらった小説や、トレーナーさんから勧められた栄養学や体に関する本を読んでいました。ミステリー系、家族愛、泣ける物語…いろんなジャンルの本に触れることは新鮮で、小説や本を読んでいるときは、嫌なことを考えずに済みました。今となってはパリ五輪の次を目指す考えも持てますが、当時はパリが最大のチャンスだと思っていました。「バレーボールはもういいかな」という思いも少なからず湧いていましたね。
リハビリの際にコーチが来てくださって、「今はバレーボールのことを考えたくないです」と正直に話しました。すると「ここで諦めたらいかんぞ」と返ってきたんです。シンプルですが、自分を引き止めてくれる言葉が大きく心に響きました。自分にはバレーボールしかない、それは自分が一番分かっていたので。リハビリを通して、できることが段々増えていくうちにバレーボールと向き合い始めることができました。
その後、「普通にみんなと接することができるかな」という不安を抱えてチームに合流しましたが、その不安を消し飛ばすくらいにみんなが「待っていたよ」という表情で迎えてくれました。それに救われましたね。みんながバレーボールをしている姿を見て、自分の中でも「プレーがしたい」という気持ちが高まりました。
「根っからの負けず嫌い」を自覚しているからこそ、ポジティブに全力で
――復帰されて、最初にブロックに跳ぶときに怖さはありませんでしたか?2024年にはパリ五輪にも出場されています。
そういう怖さはまったくなくて、もう躊躇することなく跳んでいました。いつもどおり練習に入ってブロックに跳んで、という。ただ、復帰してまもなくのリーグ戦で、今度は手を痛めてしまい「またやってしまった」という感情はありました。ですが、まだ足のリハビリから明けた直後で本来のジャンプ力も取り戻せていなかった分、しっかりとそちらにフォーカスしようと捉えました。ポジティブに次の復帰を目指していました。
まだまだ完全に怪我から復帰したわけではありませんでしたが、それでもパリ五輪のメンバーに呼んでいただけたということは、自分のプレーに何かしら期待をしてもらっていたからこそだと感じていました。自分のやれることをしっかりやるんだ、というマインドで五輪には臨みました。ただ、パリ五輪では自分の最大限のパフォーマンスをまったく出せませんでした。自分の課題を突き詰めて次こそは最大限の力で世界に挑戦したい。その思いで2028年ロサンゼルス五輪へ目を向けています。
――高校や大同生命SVリーグと高いレベルのステージに身を投じることや、大怪我を乗り越えて今はポジティブに臨む姿など、荒木選手からは「明るさ」と同時に「強さ」を感じます。決して弱い自分を見せない、という。
おそらく根っこからの負けず嫌いなんです。弱いところを見せたら負け、という感覚はあります。もしまた大きな怪我をしてしまったら、ですか?その度合いや復帰期間にもよると思いますし、次に大きな怪我をしたらさすがに競技人生も厳しいなと思う反面、今の私なら、おそらく「早く復帰したい」と思うはずです。自分の性格は自分が一番よくわかっていますから。「もう終わりだ」なんて口では言っていても、結局はまたバレーボールを選ぶはずです。
やっぱり私は負けず嫌いで、負けたくない。SVリーグでは優勝に向かって、とにかく勝つことを目標に今シーズンは全力で戦いたいですし、個人的には次の、さらにその次の五輪へ出場することを目指して励んでいきます。
本記事は2026年1月に実施したインタビューに基づくものです。
SAGA久光スプリングス 荒木彩花選手
東九州龍谷高校卒業後にSAGA久光スプリングスへ入団し、激しい感情表現と献身的なプレーで存在感を発揮。
日本代表活動や大怪我という試練を乗り越えながら、勝利への流れを引き寄せるミドルブロッカーとしてチームを鼓舞し続けている。