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フカボリインタビュー

この身体を誇りに変えて──群馬グリーンウイングス髙相みな実が切り拓くアウトサイドヒッターの境地

バレーボール選手として、身長164㎝は決して高くない。
むしろアタッカーとしては、ときに不利を生むサイズだ。しかし群馬グリーンウイングスのアウトサイドヒッター、髙相みな実選手はそんな逆境をもろともしない。
最高到達点は3mに到達する跳躍力で躍動する彼女の姿と言葉に見る、「不利を武器にする力」の正体とは。

恩師の言葉が変えた思考

――身長164cmという条件を、どう武器に変えてきましたか?

思考力や判断力はサイズに関係なく誰でも磨ける要素なので、そこは負けたくないと考えています。バレーボールはネットスポーツなので、高さにおいては手が届かない領域もあるわけですが、特にアタック面では身長が低いからこそできる技がたくさんあります。

――PFUブルーキャッツ石川かほく在籍当時、坂本将康監督からかけられた言葉がマインドチェンジにつながったそうですね。

「自分からは絶対に『小さい』という言葉を口にするな」と坂本監督に言われました。私は高校時代にアンダーエイジカテゴリー日本代表の合宿に参加していたのですが、大学入学後は代表選考から漏れてしまい、自分では身長が理由だと考えていました。「日本では通用するけれど、世界を相手には厳しい」という現実を覆すためにはどうすればいいかを常に考えていましたが、身長を理由にあきらめてしまっていた部分も多少はあったと思います。けれども坂本監督からの言葉をきっかけに身長を言い訳にしないという考え方に切り替わり、誇りをもってトップカテゴリーで戦えるようになりました。

自分の実力を確かめたい、活躍の場を求めて群馬へ

――中京大学を卒業後、PFUブルーキャッツで5シーズンを過ごし、2024-25シーズンから群馬へ移籍。その決断に至った思いを聞かせてください。

PFU時代にスタメンで出場したシーズンがそれほど多くなかったので、試合に出て結果を残したいという思いが、まずは一つです。また大同生命SVリーグになって外国籍選手が増えてくる中で、自分がどれだけ通用するかを確かめたかった。当時、群馬に移籍されていた坂本監督からのアドバイスもあって、新しい環境に飛び込む決意をしました。また、PFU時代にリーグ優勝で坂本監督を胴上げできなかった心残りもあり、恩返しを胴上げで表現したい気持ちを強く持っています。

――SVリーグでは外国籍選手も増え、リーグ全体のレベルや選手のサイズも高くなった印象です。その現実に負けたくない思いもお持ちですか?

とてもやりがいを感じながら戦っています。外国籍選手と日本人選手では、アタックを打つ際にも攻め方を変える必要がありますし、プレーの幅を広げることや周りの選手を生かすことについて、学びがたくさんあります。身長の高い相手や固いディフェンスに対して攻め方を変えながら、いかに得点するかは醍醐味です。培った身体能力を駆使して取った一本は「私の一本」だと感じますね。

跳躍→視野→打ち分け。学生時代に掴んだ“設計図”

――跳躍力を武器とするアタッカーには、いつ頃からなれたのでしょうか?

高校生の頃だと思います。1年生時はずっと控えメンバーだったので、シーズン最後の春高バレーに向けて、いかに自分の力を高めるかを考えた結果、毎日、壁に向かってジャンプをすることにしました。遊び半分ですが、壁に書いてある「2m80㎝」といった印に向かって跳ぶんです。「今日は届いた!」と毎日繰り返しているうちに、アンダーエイジカテゴリー日本代表の合宿で測定したら3mに到達していました。

跳躍力がついたと実感したのは、相手のブロッカーがよく見えるようになったタイミングです。コースの打ち分けが楽になり、高校2年生からはインナー方向にもしっかりとアタックを打ち始めました。

――学生時代に励みになった言葉やアドバイスはありましたか?

高校時代はサイズに関すること以外に、うまくプレーできない自分に対して葛藤を抱えて毎日泣いていました。ですが、当時コーチをされていた鈴木定先生(現・福井工業大学附属福井高校女子バレーボール部監督)から「自分なりに打破していけばいいから」と声をかけていただき、前を向くことができたと思います。

私自身、それほど周りに相談する性格ではありませんが、大事にしているのは母親からの言葉です。中学時代に数学がとにかく苦手で、点数が伸びないときに「みな実は続ける力があるから。あきらめずに取り組んだら、できるようになるよ」と言ってくれたことがありました。それは今でも心に残っています。

高校時代に「もっとやらなければ」という自覚が強くなり、大学では毎日トレーニングに取り組み、自分から先生に話を聞くことを心がけていました。印象に残っているのは大学2年生時の合宿です。ゲーム形式の練習で一つでもミスしたら即座にコートから出されるというもので、外された時こそ次にどんな行動を起こさなければならないのかを考える力が身につく機会でした。そうして大学3年生時にトップカテゴリー(V.LEAGUE DIVISION1)のPFUからオファーをいただき、「自分を磨き続けるためには上のレベルでやるべきだ」と考えて、卒業後の進路にバレーボール選手を選びました。

――V.LEAGUE DIVISION1のステージに臨んで、サイズの違いを実感するシチュエーションはありましたか?

デビュー戦(2019年1月)ではアタックが1本も決まらず、「もしかしたら、私は一生通用しないかもしれない」と思ったことを今でも覚えています。一方で同期入団の山下遥香(現在は群馬でチームメイト)は内定選手ながらトスを上げ続けていたので、そのことに悔しさを覚えつつ、少しでも一緒にコートに立って彼女の気持ちを楽にさせることができたら、と考えていました。

とはいえ、デビュー戦を終えて私自身は相当へこんでいました(笑)。ですが、「試合に出たい」「次は絶対にやってやるんだ」という気持ちはおそらく他の誰よりも強かったので、「とにかくアタックを打ち続けることしか今はできないから」と自分を奮い立たせていました。決して心が折れないこと、それは今も変わらず私の強みかもしれません。

自分にできることを存分に。大事なのは、取り組み続け、そして考え続けること

――トップカテゴリーでプレーしていく中、サイズの違いとどのように向き合い、乗り越えてきましたか?

私がPFUに入団して以降、実績のある選手が加わり、チームのレベルも高くなりました。そこで、自分にできないことや自分のレベルの低さを目の当たりにして、もう毎日泣いていました。いよいよ厳しいのかなと思いつつ、ですが泣いている限りはまだまだへこたれていない証し(笑)。それに温かい先輩たちばかりで、「できるよ!とにかく思いきりやればいいんだよ」と言ってくれるんです。そうして思いきりプレーして、またブロックシャットされて、怒られて、また励まされる…そんな繰り返しでした。

キャリアを重ねた今は、私も後輩にとって励みになるような存在になりたい、勇気を与えられるような言葉をかけられるようになりたいと思うようになりました。SVリーグになって外国籍選手が増えたことで、若手選手たちはいい経験ができる反面、対戦相手やチーム内競争はより一層厳しくなることでしょう。苦しいだろうけれど頑張ってほしいですね。

――髙相選手は「自分にできないこと」とどう向き合っていますか?

「できないことは、できない」と今は思えています。自分にできないことがあれば、それはできる人に任せたらいいでしょうし、自分ができることは存分にやればいいと考えています。
群馬でもスタメンで試合に出る機会は多くありませんが、それでもチームが困っている場面でコートに立って、雰囲気をつくって勢いづけるのが今の自分にできることです。できることに目を向けながら、もちろん可能なかぎりは「できないことをできるようにする」努力はするべきだと私は思います。
また、「自分がコントロールできないことにはフォーカスしない」ということも、いつも心に留めています。自分が試合に出られないことなどは、自分ではどうしようもないことなので、それよりも自分のプレーにフォーカスする。考えるべきことを選ぶことで、思考がすっきりして、前を向けるんです。
以前よりは泣くことも減ったかもしれません。いつも坂本監督が「笑う門には福来る」とおっしゃっていて、私もそのとおりだと思います。つらいときも嫌なときも、決して下を向かずに前を向いていたいですし、それがチームへの貢献になるでしょう。

いちばん大事なのは取り組み続けること、そして考え続けることです。どうすれば自分がコートに立ち、活躍できるのか。できるようになるまでやり続け、できない理由を考え続ける。その結果、自分なりに出した答えが正解なんだと思います。

本記事は2026年1月に実施したインタビューに基づくものです。

群馬グリーンウイングス 髙相みな実選手

群馬グリーンウイングス 髙相みな実選手

中京大学に進学後もエースとして活躍、2018-19シーズンにPFUブルーキャッツに入団。ユニバーシアード代表での銅メダル獲得や、VサマーリーグMVP(2023年)など輝かしい実績を残す。
2024年に群馬グリーンウイングスへ移籍し、SVリーグ初年度となる2024-25シーズンに、キャプテンに就任した。

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