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フカボリインタビュー

エゴを捨てたその先で見えたもの──VC長野トライデンツ 一条太嘉丸の泥臭い成長譚

日本体育大学で主将を務め、常にコートの中心でチームを牽引してきた一条太嘉丸選手。
彼は卒業後、会社員として働きながらプロ選手としての道を歩み始め、大同生命SVリーグの舞台へと足を踏み入れた。しかし、そこで待っていたのは、プロの高い壁と「3ヶ月間ベンチ外」という深い絶望だった。
エリート街道を歩んできた男が、己のプライドを完全に打ち砕かれた後、いかにして自分と向き合い、這い上がってきたのか。名門校の主将がエゴを捨て、己の活躍の形を模索した、泥臭くも熱い成長の軌跡に迫る。

学生時代の栄光からは想像もつかない急激な落差に襲われた

――2025年に大学を卒業してすぐ、VC長野に入団されました。プロ1年目のご自身に対して、どのようなキャリアを描いていたのでしょうか。

プロでやりたいという気持ちは初めからとても強くありました。中学時代を「パンサーズジュニア」(当時/大阪ブルテオンのU15チーム)で過ごしたこともあって、プロ選手として大阪ブルテオンでプレーするという理想は思い描いていたのです。でも、今の自分の実力ではその理想は叶わないとなった時に、何を優先するかを悩みました。その中で、これだけは譲れないと心に残った思いがあります。それは、「バレーボールでお世話になった親に、バレーボールで活躍する姿を見せなくてはいけない」というものでした。そこで、現在の僕の力でも必要だと言ってくれたVC長野でお世話になることを決めました。日中は企業で働き、プロ選手としても活動するというスタイルでしたが、それも経験だと感じたので、ありがたいチャンスだと捉えていました。

――入団してからはどのようなスタンスで取り組んだのでしょうか?

入団当初は、ベンチに入る機会にさえも恵まれませんでした。
それでもなんとか試合に出たいと思い、「エースになってやる」という考えから、「1年目はベンチ固定で、3番手か4番手でもいいからディフェンスとして出場する」というスタンスに切り替えました。僕の強みのひとつはパス技術なので、途中出場でも活躍できるという自信はありましたし、パスが良い選手だと思ってもらうことで、ステップアップの年にもなるだろうとも考えていました。
学生時代の「俺が決める!」という姿勢はひとまず捨てて、パスやレシーブなど何でも器用にこなす、バランスの取れた選手になろうとマインドチェンジして臨みました。

――しかしプロの壁は厚く、11月末から約3ヶ月間、試合に出られない日々が続きました。その時の心境はどのようなものでしたか。

すごく長かったですね。スタンスを変えて挑んだにも関わらず、コートに自分がいない。その状況が僕の中ではありえなくて、本当に辛い期間でした。序盤は怪我人の穴埋め、それこそ絆創膏みたいな役割をしていたので、まだ出場機会はありましたが、サントリーサンバーズ大阪戦(11月29日、30日 アウェー)が終わった頃にチームがカチッとはまって、怪我人もいなくなりました。そうなれば絆創膏としての僕はたちまち「今はいらない存在」になってしまって、6対6のゲーム形式の練習メンバーにも入れなくなりました。どんどん自分の価値が下がっていく感覚があり、深く落ち込みました。コートを見ているだけの時間が長く、選手じゃなくて「VCの練習を見に来た人」のようになっているなと思っていました。

「どうして入れてくれないんだろう」と1人でふてくされることもありましたね。試合の映像を見返して、チームメイトのプレーに対しても「ここでミスするなら自分を出してくれたらいいのに」とか傲慢なことばかり思っていました。活躍している自分が一番好きで、チームに貢献できていない、何もしていない自分が一番嫌いだったんです。前を向けていない自分がすごくカッコ悪くて、今思えば本当に情けない状態だったと思います。

試合に出場している選手たちはみんな「仕事を遂行している」

――会社員とプロ選手の両立が、プレーに影響していたという可能性もあるんじゃないでしょうか。

少しはあるのかもしれませんが、そうした状況を言い訳にしたいと感じたことはなかったです。
自分がチョイスしたことに対して、フィットできない自分が悪い。実力がないから入れないし、コートに入ってないからアピールする場所もない。根本的なことを考えると結局は自分が悪いので、まずは自分の役割を見つめ直そうと思いました。

11月のアウェー サントリー戦以降、自分と同じような役割の選手がどう使われているかを冷静に見るようになりました。例えばチームメイトの藤原奨太選手は、相手がミスをしたときや、嫌な流れを変えたいときに、求められている役割をスッと遂行できています。やはり「仕事」という意味では、求められているものにしっかり応えているからこそ出場できているんだなと強く感じました。一方で僕は、サントリー戦でサーブレシーブでミスをしてしまった。肝心の場面で決めきれないという信頼のなさが、自分が試合に出場できない一番の原因じゃないのかと気づき始めていました。

――「自分が出たい」という目線から、チームが求める役割へと視点が切り替わったことで、プロとして自分に何が足りないのかが明確になったのですね。

自分から見えた景色ではなくて、感情を抜きにしたフラットな目線でバレーボールを見てみました。そうすると「出たい」という気持ちは大事だけれど、そのときの僕は自分のことしか見えておらず、「いい結果につながるための良い行動」が全くと言っていいほどできていなかったことに気づきました。

チームのために動くこともできず、「ただ雇われている人」になっていた自分が本当に嫌だなと思い、心が一気に動き出しました。
チームに貢献するためには視野を広げるのか狭めるのか、それとも視点を大きく変えてみるのか、そういうことをとにかく必死に考えました。同じポジションに才能ある選手がたくさんいる中で、ほかの選手より優っているものはなんだろう、とひたすら探し続けました。

すると「パスの繋ぎがうまい」「声が出ている」という部分に自信を持っていることに気がつきました。それらは直接的には得点に絡まないところばかりです。今までの自分なら「いや点が取りたい」ときっと思っていましたが、このままではいけないと思えていた自分は「じゃあそこで勝負するしかない」とエゴを捨てて、自分の役割を全うするという選択肢が取れました。その選択ができた時、初めて試合の出場機会を得ている選手たちが当たり前にやっている「仕事を遂行する」という本質を理解できた気がしました。

やるべきレベルもどんどん下げた。あえて人に相談せず覚悟を決めて動いた。

――自分の課題に直面した時、あえて川村慎二監督(取材当時)には相談せず、ご自身で考えて行動を起こされたそうですね。

川村監督は保育園の頃からの自分を知ってくれている人です。それだけにきっと情もあるでしょうから、もし相談をしていたら、大人として、バレーボーラーとして、とてもいいことを言ってくれたと思います。でも、あえて聞くことはしませんでした。「僕まだ足りていませんか?」と聞いて、的確な解決策を簡単にもらってしまったら、次に同じ壁にぶつかった時にまた同じことを繰り返すと思ったんです。だから自分で考えて、どれだけ悩んでもいいから自分で動こうと決めました。ここだけの話、プロとしての1年目を棒に振ってもいいという覚悟さえしていました。

状況を変えるには、まずは実力がない自分と向き合わないといけないと思っていましたので、怪我をしない体作りなど、基礎から全てやり直そうと決めました。トレーナーにも相談して、コートが使えなくても体育館の隅の方で重りを持って走るなど、ずっとトレーニングしていました。その姿をあえて見ないように配慮してくれる人もいましたし、とにかく心を折らずにやり続けました。
試合に出られない期間にはいろいろな意見をSNSで発信することも始めました。相手の特徴やVC長野のウィークポイントを言語化するようにしたことで、バレーボールを客観的に、俯瞰する力もつきました。

――誰にも頼らず孤独な闘いを続ける中で、精神的な支えになった出来事や存在はありましたか。

古田博幸コーチの存在が大きかったと思います。真正面から言葉をかけてくれるわけではないんですが、ことあるごとにコメントしてきてくれました。
サーブ練習でミスをした時なんかは「そのミスがダメ」「試合出る気ある?」と近寄ってけしかけてくれて。(笑)練習後に1人でサーブレシーブの練習をしている時も、ただ「見てるよ」って感じで、ちらっと体育館を覗いて帰っていく。孤独に戦っているわけじゃなく、きちんと見てくれている人がいるという安心感はすごくありました。そういった優しさで、チームの蚊帳の外ではないと感じさせてくれて、本当にありがたかったです。

チームの危機を救う「絆創膏」としての新たな誇り

――約3ヶ月の空白期間を経てベンチ入りを果たしました。現在、チームではどのような役割を担い、ベンチでどんな振る舞いをしているのでしょうか。

僕に期待されていることは、怪我人が出た時や流れを変えたい時の「絆創膏」という役割から大きくは変わっていません。
ファーストチョイスで選ばれることはなく、今はまだ後手に回る場面で起用されます。でも、その後手をうまくひっくり返せる、希望が見える選手になれればいいなと思っています。

今はベンチから試合を見ることにもエネルギーを割いて、スタッフのような役割もしています。交代で入る選手へ、相手ブロックのタイミングについて声をかけたり、ミドルブロッカーが戻ってきたらコートの中では気づかないであろう相手の癖などをアドバイスしたりしています。不思議なことに、それを繰り返していくと「外から見ないとわからなかったこと」が、コートの中に入ってもわかるようになってきました。腐っていた時期に比べて、格段に口数も増えたし、バレーボールが面白くなってきたと感じています。

――今のご自身にとって、バレーボールとはどんなものでしょうか。もし明日「スタメンで行け」と言われたら、どうコートに立ちますか?

大前提としてプロですから、「バレーボールで自分が活躍したい!」という気持ちは当然あります。でも今はそれよりも、バレーボールそのものに関わっていることが嬉しいです。
試合にはもちろん勝ちたいし、僕は負けず嫌いですから「僕が活躍する」ことに執着はしています。ですが、そういったメラメラした思いだけではなく、バレーボールの奥深さを考えられる余裕のようなものも生まれてきています。他チームの試合は「この人たちの役割は何だろう」「コンディションが悪い時は何をしているんだろう」という視点でも見るようになりました。どん底の3ヶ月があったからこそ、バレーボールを様々な視点から見ることができるようになり、見えるものも変わったんです。バレーボール自体が本当に好きになったと思います。

もし明日スタメンと言われたら戸惑いますけど、昔みたいに「やっと出られた!」とは思わないだろうなと思います。今は相手チームがどうしてくるかを分析して、自チームが気持ちよくプレーできるように「繋ぐ」役割をこなすことを真っ先に考えると思います。僕が攻めなくていいんです。自分が気持ちよくなるためのバレーじゃなくて、チームが勝つためのバレーをやりに行きます。たとえ途中で代えられたとしても、それができれば前向きな経験値になります。
僕がコートに入ればチームがいい具合に回る、それは「絆創膏」だからこそできる活躍の形。そうやってチームを一気に勢いづける存在として、自分への期待を毎日超えていきたいです。

本記事は2026年3月に実施したインタビューに基づくものです。

VC長野トライデンツ 一条 太嘉丸選手

VC長野トライデンツ 一条 太嘉丸選手

日本体育大学へ進学し、在学時には強い責任感で試合の中心選手としてチームを牽引。
卒業後はVC長野トライデンツに加入し、精度の高いパスを武器に、持ち前の明るさでチームを盛り上げる、攻守の要となるアウトサイドヒッターとして活躍。

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