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フカボリインタビュー

意図を汲み合えば、もっとよくなる――Astemoリヴァーレ茨城 倉田朱里、独りよがりからの脱出

倉田朱里選手のポジションはセッター。
今でこそ、司令塔と称されるポジションが板についている彼女は、バレーボールを始めた当初はアタッカー希望の目立ちたがり屋な小学生だった。
「セッターは面白くないと思っていた」という倉田選手が、どのようにして今の姿になったのか。
倉田選手の心の変化や仲間との向き合い方を聞きました。

「アタッカーがいい!」自分が目立ちたかった小学生時代

――バレーボールを始めた当初はどのポジションでプレーしていたのですか?

基本はアタッカーです。小学4年生から5年生にかけて何回かセッターもやりましたが、小学生の頃の私は目立ちたがり屋で、まさにアタッカー気質でした。そのためセッターは面白くないと感じていて、6年生でセッターへの正式な転向を打診されたときには「嫌です」と即答しました。(笑)今でこそ、どのポジションもチームの勝利には欠かせないと明確に感じていますが、その頃は「点を決めるアタッカーこそがチームを勝たせるヒーローになれる」という考えが強かったので、アタッカーを譲りませんでした。

自分の欲求だけではどうにもならないという学び。そして、強気の性格が生んだ周囲との軋轢

――当初は「嫌です」と断ったほどのセッターでしたが、中学生では正式にセッターとしての道を歩み始めましたね。そのポジションに対する向き合い方はどのように変化していきましたか?

先生やOGの勧めもあり、中学2年生で正式にセッターを始め、決めたいのに決められないという重圧と戦っている先輩アタッカーの姿を日々見ていました。そのうち自然と、アタッカーは私よりも遥かに大きなプレッシャーがかかるポジションだと感じるようになり、全国大会で自分のレベルを思い知ってからはアタッカーに戻りたいという気持ちも湧かなくなりました。そこで、「私はセッターとしてやっていくんだ」と真剣に考えるようになっていきました。

一方でアタッカーのポジションを経験したことが自分の強みとなっています。例えばアタッカーが決めきれない場面では、セッターとして「今のは決めて欲しい!」と思う一方で、アタッカーの「どうして決まらないのか分からない」という困惑した気持ちもわかります。セッターの思いだけでは、どうにもならないということも、理解できるようになってきました。

――セッターになってからは、強気な性格を封印して、協調するようになったイメージでしょうか?

セッターになっても、周囲との協調においては、失敗したことの方が多かったと思います。私は「どうにか勝ちたい」という気持ちが強く出てしまい、選手間で意見を出し合う際に、一方的に自分の意見を口にして、相手の言葉を聞こうとしませんでした。そこで食い違いが生じ、次第に信頼関係が薄れていくということを繰り返していました。

中学時代はキャプテンを務めましたが、指示を出しても誰もついてきてくれないというつらい体験をしました。そのため「自分が言っても反感を買うだけだから、自分でやろう」と考えて、周りを頼らず一人で突き進んでしまっていました。中高一貫校のため高校時代も状況は変わらず、うまくいかずに終わってしまったと思います。

筑波大学では強豪校から進学した選手が多く、私が一方的に話すだけでなく、周りの選手との意見交換ができました。しかし、意見を言えるからこそ口調が強くなってしまうこともあり、「朱里が怖くて、自分の意見が言えなかった」と言われたこともありました。最初はセッターという信頼が重要なポジションには、全く相応しくない振る舞いを続けてしまっていたと思います。

自分の意見を伝えるためには、まずは相手の言葉を聞くことから

――その状況とどのように向き合い、そして乗り越えたのでしょうか?

きっかけをくれたのは、筑波大学の中西康己監督でした。
周囲とのコミュニケーションに課題を抱えている私に対し、「自分の意見を言うだけになってないか?」と諭すように言ってくださいました。その言葉を受け、初めて相手の意見を聞けていない自分に気づくことができました。

自分自身が変わらなければならないと強く感じる中で、私はキャプテンになった4年生の時に、全部員と1対1で話す機会を設け、一人一人と密なコミュニケーションを取ることに挑戦しました。私が部員に向かって自分の意見を伝えるのは、キャプテンという立場もあって簡単なことでした。一方で、部員の中には、自分の意見をどう伝えればよいか分からなかったり、周囲の目を気にして発言を控えてしまったりする人もいるため、本音で言葉を交わしやすい環境を作る方がよいのではと考えました。そこで、面談のような形で「こうしようと考えているのだけれど、どう思う?」というように、自分の意見を話しつつも、それについて相手の考えを引き出す方法で会話を進めました。さらには場所も会議室ではなく、体育館の端などで気軽に話せるような環境を作ることを心がけました。

この行動が、想像以上にうまく進んだため、部員の気持ちを今まで以上に理解できるようになりました。例えば、下級生が上級生に対して感じていることや、上級生から見た下級生の姿と下級生自身が思う自分たちの姿との間にズレがあることに気づくことができました。そういうズレを知ったうえで、上級生の間で話し合い、チームにおいて変えていく必要がある部分や、下級生たちへのアプローチの仕方も明確になっていきました。

このやり方が正解だったかは分かりません。ただ少なくとも、今までとは違って、全部員が私を信頼してくれていることは伝わっていました。そこから「まずは相手の言葉を聞く環境を作る」ということを、徹底するようになっていきました。

――上級生の立場から年下の仲間に対するアプローチとして、素晴らしいアクションですね。では逆に、倉田選手は年下として年上の方々と関わる際は、どのようなことを意識していますか?

学生の頃は、年上の方々と話す際も緊張していましたし、最初は壁を感じていました。しかし今の私であれば、年下の仲間とのコミュニケーションと同じように、自分の意見を最初からぶつけるのではなく「どう思いますか?」と相手の意見を聞いたうえで、自分の意見を織り交ぜていけると思います。

社会人になった今、チームでも年上の選手やスタッフ、コーチと関わる機会はあります。年齢の上下に関係なく、相手の意見をまずは聞くことが、結果的に自分の意見を伝えるための方法につながっているのだろうなと感じています。

お互いの意図を汲み取れる環境が、組織を作るうえで大切

――たくさん悩んで辿り着いた倉田選手なりのコミュニケーションは、よいプレー、よいチームワークに反映されたのではないですか?

セッターは戦況を分析し、得点が取れる可能性が一番高いと思う手段を考えてトスを上げるわけですが、その意図がアタッカーに伝わっていなければ、アタッカーが私のイメージとは違うプレーを選択することもありえます。もちろん私の意図が必ずしも正解ではありませんし、アタッカーにも考えがあって、そのプレーを選択しています。だからこそ、私は自分の意図を汲み取ってほしいと思う前に、相手の意図を汲み取れる働きかけをしてから、トスの配分を考えるようにしています。

攻撃した結果、得点に繋がらないプレーであっても、そこにはアタッカー自身の攻撃プランがあったはずで、その選手の意図を考えることを大切にしています。意図を汲むことができれば「狙いはよかったよ」などとプラスの声がけもできますし、そこから次のプレーを思いつくこともあります。私自身は完璧を求めすぎる性格ということもあって「今のトスは大丈夫だった?」と相手が辟易するほど聞いてしまうことがありますが。(笑)それも周りとの関係性が作られていれば、笑えるコミュニケーションになりますし、支え合う関係をつくることができると感じています。

――最後に、ご自身の経験を踏まえて、組織において重要だと思うものを教えてください。

どうすればお互いの意図を理解し合えるか、という部分に終始するかなと思います。自分がやったほうが楽、誰にも迷惑をかけなくて済むという気持ちは、誰でも感じたことがあるものだと思いますが、それが成功につながるかと聞かれれば、おそらく違うと今は言えます。バレーボールは決して一人ではプレーできない競技です。それが難しさであり、うまくいけば格別な面白さでもあります。きっと会社も同じはずで、従業員がいて、それぞれに役割があって、誰かが欠けたらうまくいかないようにできている。私が今過去の自分に会えるとしたら「一人でやってもうまくいかないから、みんなとしっかり意見を交わして協力してやったほうがいいよ」と真っ先に伝えるでしょうね。

一人で考え、ひたすらに突き進むことで得られるものには限界があります。隣で一緒に戦う仲間が、最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、お互いの想いを伝えやすい環境を作ることができれば、それは強力な武器になるんじゃないかと私は思います。

本記事は2026年4月に実施したインタビューに基づくものです。

Astemoリヴァーレ茨城 倉田 朱里選手

Astemoリヴァーレ茨城 倉田 朱里選手

U18代表も経験した高い技術を武器に、コート上で力強いリーダーシップを発揮するセッター。
献身的なトス回しと、粘り強いディフェンスで活躍する。

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